美術開発部・タイトル制作課

頑固堂の野幇間話 Vol.7

2016.06.20


KICX0330其の漆。今年の3月から6月まで国立新美術館で開催されていた「MIYAKE ISSEY展」に行ってきました。
会場内は三つのセクションで構成されており、最初のセクションAでは、1970年から1977年までの作品群が迎えてくれました。
“1970年に三宅デザイン事務所を創設、Section Aではその初期の仕事を紹介します。この時期の仕事は、その後の比類なき足跡を形成する原点となっています。”という解説があり、その中にあった「タトゥ」と題された1970年の作品は、倶利伽羅紋紋のジャンプスーツ。
はたして、紋紋の入った肌襦袢か?
この肌襦袢には“三宅から横浜の彫師のところに仕事を見に行かされ、京都・東映で遠山の金さんの入れ墨を担当している方から手ほどきを受け”たことのあるテキスタイルデザイナー皆川魔鬼子さんの手によるジミヘンとジャニス・ジョプリンが描かれています。

セクションBは「ボディワークス」のシリーズ展示。
“1981年の「ラタン・ボディ」のフォルムは美しい。アメリカの美術雑誌『Artforum』(82年2月号)の表紙に「ラタン・ボディ」が取り上げられ、これは衣服デザインが美術専門誌のカバーストーリーとなった最初の例とのこと。”(引用元)

セクションCでは“最も革新的な側面を「素材」、「プリーツ」、「IKKO TANAKA ISSEY MIYAKE」、「A-POC」、「132 5. ISSEY MIYAKE」と「陰影 IN-EI ISSEY MIYAKE」 という5つのテーマに分けて展示。日々発想し、それまでにないものをつくり、新しい現実をつくる――三宅一生氏は常に進化し続けているのです。”

1992年のバルセロナオリンピック・リトアニアの公式ユニフォーム。その同じ絵型・パターンを使用し20か国のユニフォームに展開した仮想オリンピック。プリーツマシンでのデモンストレーションから様々な素材に着目した作品などこれまでのモノづくりを俯瞰できる構成が面白さと興味を引き出しています。
思い出したのはAPPLEのスティーブ・ジョブズが自ら着る黒のモックタートルを三宅一生に依頼した・・・件。
“スティーブ・ジョブズ氏は自分が作業着を着ようと考え三宅一生氏に自分が好きなデザイン(動きやすい黒のタートルニット)を100枚依頼しました。つまり一生分です”(引用元)

1970年から今日までの46年間にわたる活動を見終えた後、ロビーの椅子に座りながら自分自身のこれまでの時間を重ね合わせていました。